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短いプロフィール [プロフィール]

(2012.2.2現在)

幼少のころよりおもちゃのピアノに親しみ、七つの子、雨降りお月さんなどを1本指奏法で爆奏。2歳ごろ、クラシックのピアノ教師のもとに連れてゆかれるも、5本指奏法を断固拒否。
その後、4歳ごろからピアノを習いはじめると、一転、真面目に練習。ピアニストや作曲家を夢見るも、いつしか横道にそれる。

結婚後、20歳代でエレクトーン教師、30歳代でジャズボーカル講師など遍歴の末、40歳代で和太鼓と民俗舞踊に出会い、市民サークル「日本の踊りを習う会」(1999~)、「太鼓の会」(2000~)を創設。

並行して民謡&和楽器アンサンブル「OH!ジーンズ」に所属し、篠笛と鳴り物を担当。自由な発想で和洋の垣根を越えた和楽器演奏のアレンジも手がけている。

2007年夏、50歳代で「エスニック・キッチン」を結成。篠笛・サックス・打楽器に民族楽器を取り込み、歴史の重層地帯、武蔵国分寺を題材としたオリジナル曲の作編曲と演奏に取り組んでいる。

思えば1995年、夫の転勤先の西宮で阪神大震災に遭遇し自ら被災生活を送ったことで音楽観がかわり、その後、民族楽器や民族音楽・民族芸能に傾倒。
篠笛・和太鼓等の和楽器を自ら演奏し、合奏することで、和楽器の癒しの力に注目。同時に、和の音楽の中だけでなく、世界のさまざまなジャンルの音楽の中で和楽器をどう生かすかをテ-マとして活動を続けている。

昨年(2011年)からは、青春歌謡ばかりを歌う混声合唱団「青春隊」が立ち上がると同時にお仲間に入れてもらい、青春歌謡合唱曲の斬新なアレンジに刺激を受けつつ、無理の無いクリアで自然な発声法に取り組んでいる。

また最近は、バンドを離れたソロ活動として、朗読と篠笛のコラボ、合唱団と篠笛のコラボなども。

所属
・器楽アンサンブル「エスニックキッチン」代表
・和太鼓サークル「太鼓の会」代表
・民俗舞踊サークル「日本の踊りを習う会」代表
・民謡&和楽器アンサンブル「OH!ジーンズ」所属
・アンサンブル「セッション・ぶんじ」所属
・混声合唱団「青春隊」所属
・国分寺市音楽連盟所属

障害者サポートボランティア活動
・「太鼓っこクラブ」サポートボランティア
・「つばさフレンズ」サポートボランティア
   
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長~いプロフィール [プロフィール]

2009年8月現在

篠笛、和太鼓、パ-カッションを演奏します。
国分寺市(東京都・多摩地区)を中心に、地域に根ざした活動をしています。
福祉施設、学校等でのボランティア演奏、多数。障害を持つ人の和太鼓グル-プなどのサポ-トボランティアとしても活動しています。
洋楽出身(ピアノ・エレクト-ン・ジャズボ-カルなど)ですが、40歳を過ぎてから和楽器や伝承音楽・伝承芸能の魅力にとりつかれました。
和の特性を生かしつつ、音楽・芸能の伝播・伝承ル-トに視野を広げ、和洋の垣根を越えた音楽の創作に取り組んでいます。

■所属
・器楽アンサンブル「エスニックキッチン」代表
・和太鼓サークル「太鼓の会」代表
・民俗舞踊サークル「日本の踊りを習う会」代表
・民謡&和楽器アンサンブル「OH!ジーンズ」
・アンサンブル「セッション・ぶんじ」
・「太鼓っこクラブ」サポ-トボランティア
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■経歴

1954年12月 東京渋谷の生まれ。

1959年(4歳)~ 福岡市のカトリック教会付属マリア幼稚園にて、シスタ-・ビビアナからピアノの手ほどきを受ける。

1960年(5歳)~ 東京都練馬区の南蔵院幼稚園に開設されたヤマハ音楽教室でオルガンを習う。

1961年(6歳)頃~ 守屋ひろ子氏にピアノを習い、音楽の豊かな表現をきめこまかく教わる。当初はオルガンを弾いていたが、20歳になるまで誕生祝いはいらないからピアノを買ってと親を口説き成功。1年365日のうち360日くらいは1日1時間の練習を生真面目に重ね、将来はピアニストか作曲家になりたいと夢見る。

1965年(10歳)頃 小学校の課外講座の科学クラブで科学実験にハマり、ピアノの稽古が重荷となる。将来、音楽家になられては家計がもたないと恐れていた母親が、ピアノをやめることをあっさり認めたため、晴れて自由の身となるが、今思えば、この時が人生最大の岐路だったかもしれない。以後、結婚するまで音楽とはほとんど無縁な生活を送る。

1979年(24歳)~ 結婚後、職場を退職し、再び音楽の世界に舞い戻る。電子オルガン(ヤマハエレクト-ン)を橋口伸一氏に習う。24歳は、少し遅すぎる再出発ではあったが・・・。

1980年(25歳)頃~ ヤマハのエレクト-ン指導者資格を取得。3歳から40歳代までの個人指導をつとめる一方、自らの演奏活動として毎年、自分でアレンジした曲でエレクト-ンコンク-ルに参加。しかし、全国大会にはとうとう一度も行けなかった。

1985年(30歳)~ 国分寺の自宅近所のライブハウスでトロンボ-ンの向井滋春氏の生演奏を聞き、熱病のようにジャズにはまる。以後3年あまり、ライブハウス通いにあけくれ、年間100本のライブを聞くことになる。30歳はこれまた遅いジャズへの目覚めであった。

1987年(32歳) 夫の名古屋転勤のため、エレクト-ン指導の仕事をやめる。名古屋でもライブハウス通いはとまらず。

1988年(33歳)頃~ 名古屋市在住のアメリカ人ジャズピアニスト、ダニ-・シュエッケンディック氏にジャズボ-カルを習う。私の英語は怪しいものだが、日本語が次第に上手になったダニ-から、日本人にはわかりにくい歌詞の意味を丁寧に教わる。

1990年(35歳) 夫の転勤で兵庫県西宮市に転居。

1994年(39歳)~ 神戸のオゾネミュ-ジックスク-ル(ジャズスク-ル)で、ジャズピアニスト小曽根実氏にジャズボ-カルを習う。オゾネミュ-ジックスク-ルでジャズボ-カルの講師をつとめる。

1995年1月(40歳) 西宮市で阪神淡路大震災に遭遇。震度7の激震を経験。オゾネミュ-ジックスク-ルは地震で教室が使えなくなるが、地震から3ヶ月ほどで仮教室にて再開。講師に復帰するが、この年の夏、転勤で東京へ戻る。オゾネミュ-ジックスク-ルは退職。

1997年(42歳)頃 帰京してインタ-ネットに出会い、ホ-ムペ-ジ作成の練習がてら、ジャズ詩の和訳サイト「開けてびっくり・ジャズ詩玉手箱」を開設。

1998年4月(43歳) 震災後遺症で、3年間、音楽活動に取り組む気持ちになれなかったが、東京学芸大学の公開講座で和太鼓講座があることを知り習いはじめる。講座受講者が立ち上げた和太鼓グル-プ「エコ-」にも所属。たちまち和太鼓に夢中になる。

1999年6月(44歳) 国分寺にて、民俗舞踊サ-クル「日本の踊りを習う会」を立ち上げる。講師を呼んで、青森県の「荒馬踊り」、岩手県衣川村の「み神楽」「荒崩し舞」、秋田県の「秋田おばこ」などを習う。

1999年8月(44歳) 知的障害を持っている青年たちの和太鼓サ-クル「太鼓っこクラブ」のボランティアサポ-タ-をはじめる。

1999年11月(44歳) 国分寺で活躍するピアニスト・作曲家の江口藝子さんのリサイタル「私の夢工房」に参加。和太鼓・パ-カッション奏者としてのデビュ-。
曲目:越後ファンタジ-、女の一生
このリサイタルで、尺八奏者大畠良則氏と出会う。

1999年9月~12月 和太鼓一式を購入。なんと思い切ったことをしたものです。
大太鼓【1尺8寸】2台、小締太鼓【2丁掛け】4台、
桶胴締太鼓【2尺3寸】1台
三宅台、秩父台、十字平台、各2台ずつ、小締太鼓台4台

2000年1月(45歳) 購入した和太鼓の打ち初め式(魂入れ)をとりおこなう。

2000年1月(45歳) 尺八奏者大畠良則氏が主催する、民謡グル-プ「OH!ジ-ンズ」に誘われて加入する。鳴り物担当ということになったが、民謡のことは何も知らないので、感じたまま好きに叩くことに。少しずつ唄を覚える。

2000年6月(45歳) 和太鼓サ-クル「太鼓の会」を立ち上げる。

2002年(47歳)頃~ 少しずつ篠笛を吹き始めるが、舞台でしばしば音が鳴らず、赤っ恥の連続。

2003年4月(48歳) 夫の転勤で大阪に転居。「太鼓の会」で使用する和太鼓は東京に残す。留守は、エスニックキッチンのパ-カッション木村氏が守ってくれた。

2003年初夏(48歳)頃~ 大阪在住の間、京都の篠笛・能管奏者の森美和子さんに篠笛を習う。オリジナル組曲「武蔵まほろば」の大半の曲のメロディ-は、大阪でできたもの。

2005年3月(50歳) 大阪転勤を終え、東京国分寺に戻る。「太鼓の会」「日本の踊りを習う会」「OH!ジ-ンズ」「太鼓っこクラブ」に復帰。

2006年12月(51歳) 「OH!ジ-ンズ」初めての自主コンサ-トを開催。

2007年8月(52歳) オリジナル組曲「武蔵まほろば」をアンサンブルに編曲し、器楽アンサンブル「エスニック・キッチン」を結成。

2007年11月(52歳) 「エスニック・キッチン」初お披露目。

2009年1月(54歳) 「OH!ジ-ンズ」2度目の自主コンサ-トを開催。

以下、準備中
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